再会





1.晩秋−儚き逢瀬−


兄さん・・・
トクンと鼓動が聞こえる。
それは私の胸の音。
兄さんを感じない寂しい胸の鼓動。
何を思うの私は。
未練がましく。
もう、遠野志貴はいなくなってしまったのに。
何を寂しがるの。
遠野秋葉は。
私は泣かない。
この胸の鼓動が軽く奏でるようになったからといって。
兄さんを感じられなくなっても。
兄さんを支えなくても。
兄さんはいなくなったのだ。
私の目の前から。

私が正気に戻ったとき、あのヒトがいないことがわかった。
馬鹿。
せっかく……あれだけ約束したというのに。
何故、私との約束を守ってくれないのだろう、兄さんは。

馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……ばか。

私を助けるために自分が死んでしまっては意味がないじゃない。




私は兄を想って……泣いた。








2.夢−重なる鼓動−


世界が躍動する。
ドクンと。
そしてその鼓動に寄り添うように小さな鼓動が。
トクンと。
其れは胸から。
大きな傷のある胸から聞こえるリズミカルな音。
――同期する
世界の鼓動と。
其れは小さな鼓動の持ち主にとっては純粋な喜び。
世界との一体化。
何よりも大きな鼓動と……
兄との一体化だから……

彼女は兄と死が二人を分かつまで寄り添う気。
死が二人を切り裂くとき、彼女は世界の終わりを感じることだろう。





……また、夢を見た。
わたしがわたしを夢見る。
兄さんのことを考えていると見る夢。
兄さんがいて隣にわたしがいる。
ひどく恥ずかしいことなのだが、その夢では二人とも裸なのだ。
でもいやらしくはない。
とても神々しく美しい。
兄とわたし。
それをわたしが見守る不思議な夢。








3.夜空−凍える月−


今、わたしは浅上女学院の寮にいる。
この学校に通うに実家は遠すぎるのだ。
隣の県に実家はあるのだが、一時期はそこから通っていた。
だがそれももうやめた。
実家から通う目的がなくなったから。

わたしには兄がいた。
正確に言うと二人の兄がいて、一人は死んだ。
もう一人とは血の繋がりがないのだが、誰が何と言おうとわたしの兄である。
その兄もつい最近まで行方不明だった。
お節介な教会関係者が看病していたらしい。
ホント、お節介。
わたしが着替えを含めてまで面倒を見たのに。
何より腹立だしいのは、兄が生きていることを教えてくれなかったことだ。
本当に腹が立つ。
兄の形見だと思っていた七夜のナイフを拾ったときに一瞬感じた鼓動。
わたしはそれを拠り所にしてずっと信じてきた。
兄が生きていることを。

本当ならこの世で生き残るのはわたしか兄かの二者択一だった。
そして兄はわたしが生き残るのを選んでくれた。
本当、バカ。
自分を犠牲にしてまでわたしを生かそうとしてくれた兄。
昔も今も変わらず、自分を犠牲にする。
シキが暴走したときもわたしを庇ってくれた。
そしてまたしてもシキがわたしを人外に引きずり込んだときも助けてくれた。
自分を殺して。
文字通りのことをして。

兄は今生きているらしい。
まだ会っていないが、生きている。
件の教会関係者が助けてくれたから生きている。
ふん。
わたしを殺して、と言ったのに兄は自らの死を選んだ。
本当に腹が立つ。
いつもそうだ。
昔からそういうときだけ自分の意見を通してくる。
残される者のことなど考えず。

まあ、生きているからこれ以上の小言を言う気はない。
なんだかんだ言っても生きていて誰よりも嬉しいのはわたし。
そう、妹のわたしなのだ。
最愛の兄が生きていると聞かされたとき、本当に驚いた。
そして腹を立てたのだ。
腹を立てたのはいろいろなことから。

まあ、教会関係者には死んでも言う気はないが正直言うと感謝している。
看病してくれたこともそう。
何よりも兄を助けてくれたことに。
でも口が裂けてもそんなことは言いたくない。
あの女に。
貸しをつくったなんて思うと腹が立つ。
だから言わない。
絶対に言わない。



はあ、ため息を一つ。
「兄さん……」
わたしは一人夜空を見上げながら最愛の兄を想って呟いた。








4.想い−至高の笑顔−


――共に生き、共に死のう。
私はあの時誓ったのだ。
あの人がいなくなった森の中で。
七つ夜と刻まれたナイフを見つけた時に。
一瞬、ドクンと大きな鼓動を感じた時に。
その鼓動に兄さんを感じたあの時から……

季節は秋。
出会いと別れ。
八年ぶりにあの人に出会えた季節。
木々は徐々に色を変え、目に鮮やかに映える。
来るべき季節の到来を予感。
次の世代への準備。
黄金色の穂が風に揺れ、笑顔あふれ、世界は満ち足りる。
が、それはわたし以外のこと。
思い出の庭。
繰り返す悪夢。
短き逢瀬。
儚き別れ。



季節は冬。
全てが純白。
汚れなき白に覆われ、世界は静まりかえる。
存在を証明すらできぬ静寂。
わたしの心そのもの。
兄がいない世界など興味がない。
だけど世界は知っている。白き闇を抜けたあとを。

……わたしはただ待つだけ。
あの人が帰ってくるのを。
秋が過ぎ冬を越えてなおも―――わたしは想いを石化させずにいる。

兄さんは生きている。
どこかで必ず。
今はわからないけどいつかきっと帰ってくる。
だって、私の兄さんです。
私を置いてそのままなんてことは有り得ません。

帰ってくる。
いつになるかわからないけど。
必ず生きて帰ってきます。

だから私は笑顔の練習。
兄さんがいつ帰ってきてもいいように。
いつでも笑顔で








5.再会−ただいま−


季節は春。
淡い色の花が散り、新緑が目に眩しく。
風は優しく、小鳥は囀り、草木は慎ましげに。
全てのものが生を謳歌する。
わたしは久しぶりに実家に帰る。

琥珀と翡翠には連絡してある。
今日帰ることを。
久しぶりに実家に帰るから、喜んでくれるだろう。
わたしは後部座席で手鏡を見ながらそう思った。
あ、鏡で見る自分の顔が微笑んでいる。
ふん、なにがそんなに嬉しいの、わたしは。
久しぶりに実家に帰るだけじゃない。
なんでそんなに嬉しがるのよ、わたし。
……本当はわかっている。
わかっているのだけども、喜ぶ自分に腹が立つ。
私は怒っているのです。
人がどれだけ心配したと思っているのかしら。
だから、秋葉、そんなに笑顔でいてはいけないの。
会って……
会って最初に怒らないといけないの。
開口一番、私を心配させたことを謝らせないといけないのに。
なぜ、そんなに笑顔をふりまくのよ……

鏡を見ながら、自問自答しているといつの間にか実家に到着した。
ふぅー
ゆっくりと深呼吸。
これから怖い顔して怒らないといけないのだから。
まず落ち着いて。
それから威厳を持って玄関に向かう。



玄関を開けたとき、遠野家に住んでいる皆が出迎えてくれた。
私付きの侍女である琥珀。
兄さん付きの侍女であった翡翠。
そして――

「おかえり、秋葉」
夢にまで見た愛しい人が迎えてくれる。
わたしは泣きそうになるのを堪えて、今自分が出来る精一杯の怖い顔をしようとして失敗。
泣いているのか笑っているのかわからない、ホントみっともない顔だったと思う。
最愛の兄。
私を助けてくれた兄。
一度はあきらめた。
死んだと思った。
でも生きていてくれた。
いつも兄さんは私を驚かす。
全てにおいて。
バカ……兄さんのバカ……
わたしは出来るだけ威厳を持って答える。


「ただいま、兄さん」







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